現存する畳の古いものは奈良時代のもので、奈良東大寺の正倉院にある聖武天皇が使用した「御床畳」(ゴショウノタタミ)という、木製の台の上に置かれ寝台として使われたものです。これは現在の畳と同じように真薦(マコモ)を編んだ筵(ムシロ)のようなものを5〜6枚重ねて床として、表にイ草の菰(コモ)をかぶせて錦の縁をつけたものです。この台を二つ並べてベッドとしていました。
平安時代(710年〜)
 平安時代に入って貴族の邸宅が寝殿造の建築様式となると、板敷の間に座具や寝具などとして畳が所々に置かれるようになりました。この置き畳として使われている様子は絵巻物等に描かれています。
鎌倉時代・室町時代(1192年〜)
 やがて鎌倉時代から室町時代にかけて書院造が完成されると部屋の周囲に畳を敷き真ん中を残す使い方から、部屋全体に畳を敷きつめる使い方になりました。それまでの客をもてなす座具であった畳が、建物の床材になり始めてゆきます。
安土桃山時代・江戸時代(1573年〜)
 桃山時代から江戸時代へと移るにしたがい、書院造は茶道の発達によって茶室の工夫や手法を取り入れた数奇屋風の書院造になっていきました。茶室建築から畳はやがて町人の家に引き継がれてゆきます。
 畳が一般庶民のものとなったのは、江戸中期以降のことであり、農村においてはさらに遅く明治時代になってからでした。江戸時代の長屋では、畳は長屋を借りる店子が運び込んで使ったと言われており、大家が用意しておくものではありませんでした。それだけに畳の手入れをして長持ちさせる知恵を身につけていったのです。
明治時代・現代(1868年〜)
 畳干しをこまめにして、傷むのを防ぎ、表がやけたら裏返しをして使うというこうした習慣は戦後まで続きました。過密化した最近の都市では干す場所もなく、住まいの洋風化により、近年の中高層マンションにおいては、畳の部屋は1室という間取りが主流となってきました。
 近年また畳の良さが見直されてきています。



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奈良時代(710年〜)